とうとうマービンブログも、終盤となった。できるだけ、詳細を心を込めて、マービンへのレクイエムのつもりで書いて行きたいと思う。私は、結局は当事者に取材をしたわけでも、話を聞いたワケでもなくて、その時の状況が手に取るようにわかるわけでもないが、出来る限りのリソースと、イマジネーションを駆使して、彼の最後の一瞬まで書き進めて行きたい。

1983年6月‥
セクシャルヒーリングTOURの中盤以降、オクラハマシティ、カンザスシティ、オマハ界隈を通過する頃になると、殺人脅迫状や、脅迫電話が何十通も送られて来るようになった。
80年代に入り、時代は安価なクラックコカインが巷を賑わせ、アメリカのドラッグの蔓延化は深刻な問題になり始めていた。逆にマービンのようなセレブリティクラスの人間は、更に純度が上がり、今やFREEBASINGをするまで至っていた。
(*FREEBASING=ピュアなコカインの塊に火をつけ煙を吸う‥鼻から吸い込むよりも、即効性や、効き目は強烈。脳に届くまで約5秒~10秒>FREEBASING状態になると、持続状態が短い為、常にその状態を求めなくてはならなくなり、重症な依存状態となる。リチャード・プライヤーなどもFRERBASINGに深くはまっていた)
FREEBASINGは、マービンを極度のパラノイア状態に陥らせた。常に恐怖に慄き、ツアーのボディガードには、SUBMACHINEGUN=SMGを持たせてガードにあたる、という出で立ちだった。それこそ、さながら、映画のワンシーンのようなボディガードがマービンの回りを歩いているという図だ。
ホテルに入る前、マービンらはリモで乗り付けるが、すぐに降りずに何度も何度もホテルのまわりを旋回する。タイミングを計らい、安全に安全を確認してからでないと、マービンはけして車を降りようとはしなかった。そしてホテルにやっと降り立ち、建物の中に入った後でも、つけて来る人間がいないように、例えば5階に泊まるとしたならば、7階を押しそこで降りる振りをして、誰もいないことを確認してから、5階に戻る、というような動作をしていた。眼は落ち窪み、体重も落ち、いつ倒れてもおかしくない状態だった、とツアーのメンバー達は、当時のマービンを振り返る。
「マービン‥もう、これ以上、こんな状態でツアーを続けるのは無理だ。残りのツアーは、全部キャンセルして、休んだ方がいい‥。ディトックスに入って、CLEANになれ!」
マービンに呼び寄せられて、ツアーに参加していた弟、フランキーは、もうこれ以上耐え切れず兄に懇願した。
「‥そうは言うが、そんなことはできないさ‥皆、オレがもうダメだと思っているんだろぅ?」
力弱く微笑しながらマービンは言う。瞳は虚ろに淀んで、充血している。焦点が定まらず、常に何かに怯えているような状態の兄を、フランキーは見ている事ができなかった。確かに、今までも、この言葉を聞くたびに奮い立って来たマービンだった。けれど、今度こそは、今度こそは、舞台で息耐えるのではないか、と気が気ではなかった。マービンの数少ない深い親友の一人、DAVE SIMMONSも、マービンにディトックスを勧めた。マービンの、この頃の状態をフランキーもDAVEも「スカイ・ハイ」と形容している。これ以上人間の体がドラッグを受け入れることが可能なのか‥?と、フランキーは当時のマービンの状態を語っている。

(見ての通り‥この写真は、セクシャルヒーリングツアーのものではありません‥念のため‥汗)
「もう‥今のクスリの量は尋常じゃない。これ以上‥続けたら、もうあの世しかないぞ」
フランキーは、駄目押しで最後の切り札を使う。
「ママが、帰って来い、もうこれ以上続けるなって言っていたんだぞ」
マービンにとって、母親の言葉は絶対だ。フランキーもそれを知ってるからこそ、その言葉を使った。もちろん、母はマービンの安否を気遣い何度もフランキーに伝えていた。
「‥Wow‥わかってるさ‥わかってるんだよ‥ママがそう言ってるってことも‥」
その時はそう答えるマービン。けれど、彼のまわりには、フランキーやデイブ・シモンズら、マービンを気遣う人間の以外、いわゆるドラッグーディーラー達らが群がっていた。彼らはマービンと深く係わり合いを持つようになっており、多くの助言(彼らにとって都合のよい助言)をマービンに告げ、最終的にはマービンを確信させ納得させてしまうのだ。それほどFREEBASINGの力はマービンをコントロールしていた。本当に彼を気遣い、愛する人たちの想いは、マービンに届くどころか、シャットアウトされてしまう。
「ママが‥」という言葉さえ、マービンのドラッグの依存症には効き目がなくなっていた。
彼に今何を言っても無理なのだ、と‥フランキーは半ば諦め気分だった。

(これは、セクシャルヒーリングツアーのフィナーレでのマービン)
それでも、何とかマービンはツアーを敢行した。ボロボロな状態ではあったけれど、本当に誰もがマービンのタフさに眼を見張り、驚かずにはいられない。全くボロボロのマービンの何処から、その力が出てくるのかわからない。けれど、前にも記したように「もうやめろ、だめだ」と言われる事が、マービンを立ちあがらせ、奮い立たせている事だけは、事実だ。それが彼をステージへと駆り立てたのだ。
この頃のマービンのトレードマークは、AVIATOR SHADEと呼ばれる、マイケル・ジャクソンが好んで80年代に利用していた、あのサングラス。あれを欠かす事ができなかった。なぜなら、そのサングラスの下には、ハイになった眼、赤く充血し虚ろな瞳が隠されていたから‥。
ツアーが終了する頃のマービンの状態は、もうここで繰り返す必要もないが「今までの中で見た事がない程のBAD SHAPE」という形容が記されている。これは、母も、弟も、親友も‥同じ言葉で表現している。それ程の状態であった。
すぐに病院に隔離し、デトックスをすべきだった、と母も家族もそう回顧しているが、マービンは、物凄い頑固なところがあって‥こういう部分は父親譲りなのかもしれないが、自分が項決めた事に関しては、絶対に曲げない所があり、母は「Oh, that Boy was STURBBORN 」と息子をを形容している。
なんとか、ツアーを終わり、追ってから逃げ込むように、実家へ戻ってくるしか選択がなかった。極度なパラノイア症状のマービンは、誰を信用する事もできない。家に引きこもるようになっていた。
ちょうどその頃、その家には‥。
DCから家の修復を終えた父が戻ってきていた。グラマシープレイスの家に。マービンの最悪な状態な上に、父の帰宅。タイミングは、かつてない程の悪循環だった。どう考えても、この父親が、こんな状態のマービンをまともに扱う訳がない。運命というのは、こういう風に準備されるものなのか、と‥何とも言葉がない。
「ダーリン‥」
マービンは崩れ落ちるような格好で、ベッドの上に横たわっている。サイドテーブルの白い受話器を耳にやっと押し当てて、掠れた声で彼女の名を呼んだ。
「ユージニー‥ベイビィ」
受話器の向こうは、オランダにいるユージニー。久しぶりのマービンの声に、ユージニーも懐かしい気持にさせられる‥。あの苦しい日々が、夢のような気分で脳裏に蘇る。
「ハロー、マービン‥!‥どうしたの?一体‥」
彼の声の調子で、ユージニーはすぐに悟った。マービンは、かなりのハイな状態であると。
「調子はどうだぃ?ダーリン。アメリカに来る気はないか?すぐにでもチケットを送ってやるから」
そんなことが無理なのは百も承知だ。彼の言ってる言葉に信憑性は全くない。ハイな彼は、今頭に浮かんだ事を、ただ欲望のままに口にしているだけ。
「知ってるくせに‥私はもうボロボロに壊れてしまったわ‥」
ユージニーは、苦しい胸を押さえながら、搾り出すように言う。
「おれだって、ボロボロさ。二人で、ボロボロ同士、一緒に祝おうじゃないか!」
「何を言ってるのよ‥マービン」
哀しい響きにしか聞こえない。ボロボロ同士の二人‥その言葉があまりにもよく似合う。
「そうだ、聞いておきたい事がある」
思い出したように、マービンは言う。
「オレと別れてから、何人の男と寝たんだ?え?」
「マービン‥」
「何人の男と寝たのか、と聞いてるんだ」
支離滅裂な会話。まるで、昨日は何した?というような聞き方。
「そんなこと、どうでもいいじゃないの‥。どうせ私が誰と寝たからって‥何の影響もないでしょう‥?マービン」
「もう一度、おまえとFUCKしたい。すぐにアメリカに来いよ」
ユージニーは電話を切った。マービンは本当にボロボロだ。身も精神も、何もかも‥。受話器を置いて、ユージニーは唇を噛んだ。もう、二度と会う事はないだろう、そう確信した。
確信通り、ユージニーはその1ヵ月後に、マービンの死を知る事になる‥。
マービンは、アンナへも連絡を取っていた。アンナへの愛は、他の女性とは違う形のものへと変化していた。男女間の燃えるような愛ではない。違う段階へ進化した愛の形。人生を形成するに当たって、マービンにもっとも影響力のあった女性。マービン・ゲイというシンガーを生み出した女性でもある。
ジャ二スでさえも「アンナがいなかったら、マービン・ゲイという男はあり得ないだろう」と認めている。
「私は、その事だけは、アンナには勝てない、そう思ったわ。アンナはマービンにとって、妻であり、母であり、恋人であり、パートナーであり、友人であり、マネージャーだった。全ての存在だったわ。私は、この事には、帽子を脱いで敬礼したい気持よ」
アンナとの離婚劇は苦い経験だったけれど、マービンにとって彼女の存在は特別だった。マービンが一番精神的に安定していたのは、アンナと一緒にいた頃だった。その頃にちょっとのドラッグをする事があっても、依存度は今とは全く比べ物にならない。
家に引きこもりながらも、マービンには何人かのガールフレンドは常に存在していた。ガールフレンド、というよりも、セックスフレンドと言った方がいいかもしれない。そのうちの一人、デボラという24歳の若い娘がいた。彼女はマービンの子供を妊娠するが、暫らくして流産したりなど、いろいろイザコザもあったが、数週間‥数ヶ月、長続きする事はなかった。
そんな女性関係の中、たった一人だけ、マービンが心を開いていた女性がいた。名前はグローリア。彼女とマービンは77年頃からの知人で、元々はマービンが、滋養強壮の為にビタミン剤を飲む事にした時にアドバイスをもらった、ビタミンのスペシャリストだった。彼女は白人で、とても美しい女性だった。彼女は、とても誠実な女性で、マービンはとても彼女を尊敬していたが、この頃になると、グローリアに心を寄せるようになっていた。母の手術で、再び母のために、ビタミンを調合してもらおうと、グローリアに連絡を取った事が、再会のきっかけだった。暫らくは友達として、時々会っていたが、この頃になると、グローリアもまた、マービンの壊れ果てた姿に心を痛め、なんとか彼を癒そうと、心を砕いて世話をした。
ある日のこと。
グローリアがマービンの家を訪ねてきていた時の事だった。
「新しい曲を作っているんだ。聴いてくれないか?」
マービンは調子がいいのか、そう言ってピアノの前に座って、鍵盤に指を滑らせた。
「おいで、ここに座って」
マービンは、グローリアを隣に座らせると、静かに曲を弾き始めた。
グローリアは彼の奏でる美しい旋律を暫らくの間うっとりと聴いていると、窓ガラスを叩く音が聞こえ、二人はそちらを振り返った。
マービンの姪が、窓を叩いていた。外に誰かが来ている事を伝えに来たようだった。マービンは、怯えたように立ち上がると、中に入ってきた姪と一緒に2階に立ち去った。グローリアはその場に取り残されてしまった。暫らくして、その場に現れたのはまるでボディガードのような大柄な男が3人。いつの間にか、中に入ってきてリビングのソファの前に立っていた。
「マービンは何処だ?」
「今、上にいるわ。彼は、ちょっと忙しいみたいよ」
グローリアは答えた。ギロリとグローリアを見下ろして、男の一人が言った。
「マービンは、Marla Gibb’s Memory Lane Jazz Supper Club でのショウで、歌う事になっているはずなんだ。クラブは満員なんだ!一体どういうつもりなんだ。すぐに準備して一緒に来て貰おう」
既に苛立っている男3人を、グローリアは必死に宥め、マービンを説得してみる事にした。
「私も一緒に行くから、取り合えず行きましょう」
グローリアは、そう言う。なぜなら、どうみてもあの3人の男は、もしマービンがこの場に留まったら、一体何をしでかすかわからない、そんな雰囲気だった。
「だめだ、だめだ。あのクラブは、黒人だらけで、白人の君がうろうろできる場所じゃない」
「そんなこと、関係ないわ!何を言っているの!私は、今までいろんな国で這いずり回って生きてきたの。人と人なの。白人だの黒人だの言ってる場合じゃないわ」
「あの3人は、マフィアなんだ。グローリア、君をそんな危険に曝す事はできないんだよ」
そう言い、マービンは下に降り、3人の男達と一緒に出かけて言った。
その後、再びグローリアは、何度かマービンの家に訪れた。その場で見たものは‥常に家にやってくる、ドラッグディーラ達の姿だった。
「彼が、そのドラッグでお金を出す事を、そこに来る誰もが知っていたわ。だから、どんどん持ってくるのよ‥」
マービンはここにいる以上、ドラッグから身を洗う事はまず無理だろう、そうグローリアは思った。彼女はドラッグには興味がなかった。マービンをなんとかして、ドラッグから遠ざけようと努力をしたが、こればかりは彼自身が取り組まなければならない事であり、他人ではどうする事もできな事を、十分に承知していた。彼女には為す術もなかった。
それでも、マービンにとって、グローリアの存在は、ささやかな安らぎだった。
「ママ‥グローリアに、プロポーズしようと思うんだけど、どう思う?」
マービンは母に相談してみた。母は冗談でこう答えた。
「Well, You’ve married to two black women. Why not try a white woman?」
その言葉に背中を押され、マービンはグローリアにプロポーズをした。けれど‥答えは「NO」だった。
グローリアは、マービンを愛しく思っていたし、心を砕いて彼を助けてあげたいと思っていはいたけれど、結婚はできない。愛していれば結婚して、幸せになれる‥そんな夢を見れるのは、少女の頃の話だ。彼が結婚できる状態ではないことは百も承知だった。
結婚を断ったけれど、グローリアはマービンとの関係は壊れた、という訳ではなく、その後も暫らく続いていた。なんとかして、グローリアはマービンを助けたい、と彼女なりにそれを模索していた。彼女のリサーチで、新しいデトックス法を取り入れて、良い成果をあげている専門の施設があることを調べ、そこへマービンを連れて行くよう、フランキーや、マービンの妹と計画をしていた。グローリアは仕事でサンフランシスコにいたが、その施設への入院許可が出たことを連絡してきたのだった。
「マービン!ここの成果は本当に素晴らしいのよ!お願いだから、ここへ来てクリーンになりましょう!このまま、ずっとこのままでは絶対に変われないわ!エキストリームな環境の変化がなければ、絶対に治す事ができないわ。あなただって、このままでいたくないって、何度も言っていたでしょう?」
マービンは渋々ではあったが、行く事を承知した。グローリアは急いでフランキーと連絡を取り合い、施設の予約、マービンのフライトのチケットや、空港まで、到着してからの車の手配やら、あれこれをたった2日で準備をした。マービンがいつ、気が変わらないとも限らなかった。すぐに手配して、行かせなければ!
グローリアは出発間際に、マービンに電話を入れた。
「マービン!準備はいい?支度は出来た?」
「‥君は‥一緒に来てくれないんだろう‥?」
その声には、微妙な心の揺れが聞き取れた。
「私は今、サンフランシスコにいるのよ。仕事で、席を空ける訳にはいかないのよ。お願い、わかるでしょう!?」
マービンは、怯えたようにポツリと言った。
「‥怖いんだよ‥」
グローリアは言葉を失いそうになった。気を取り直して聞き返した。
「何が、怖いの?」
「監禁されるんだろう?」
「そんなことないのよ!監禁じゃないのよ‥マービン。とってもいいところなのよ!コテージで、ゆっくりと身体を治すの。そこには、専門ケアのスペシャリストや、看護してくれる素晴らしいチームもいるの。何もかも面倒見てくれるの。ただ、あなたはそこで、身体を治す事だけを考えればいいのよ。何も怖いことはないのよ」
グローリアは必死にマービンを説得したが、マービンは言葉を濁しながら、ただ恐れている事を主張するだけで、まるでダダをこねる子供のようだった。
グローリアの怒りは頂点に達した。
「マービン!もう、これ以上何を言っても無駄なのね!?もう、ダメなのね!?」
「お願いだから、一緒に来てくれ‥君と一緒だったら‥」
「だから、いけないって言ったでしょう!私は今サンフランシスコにいるのよ‥お願い、マービン無理を言わないで」
「怖いんだよ、グローリア‥」
「‥‥‥」
グローリアは、完全に返す言葉を無くしてしまった。これ以上、何を言っても無駄だ。彼自身が、そう願わない限り、他人がどうする事もできない事を、グローリアは見抜いていた。
一息置いて、ため息混じりにその言葉を告げた。
「さようなら、マービン」
グローリアは受話器を置いた。そのGOOD BYE MARVINという言葉が、グローリアがマービンと話した最後の言葉となった。
その後、フランキーや、マービンの妹が、グローリアと連絡を取ったけれど、グローリアの心は決まっていた。
「I could not do anymore. He was a wonderful guy. He had sense of humanity and kindness. I loved him as a person, and as man, but….」
それ以上、言葉を返す事ができなかった。